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保育業界の“常識”に疑問を呈す先手の組織改革 「こうしてほしい」を全て叶えた保育士第一の働き方とは

取材日:2024/05/21

社会福祉法人山ゆり会では、まつやま保育園グループを運営しています。かつてはアナログな職場とされていた保育業界において、いち早くICT化に着手。さらにライフステージの変化に柔軟に対応できる働き方を実現し、持続可能な組織づくりに取り組んでいます。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 松山 圭一郎さん

    松山 圭一郎さん

    社会福祉法人山ゆり会 まつやま保育園グループ

    法人本部長

この事例のポイント

  1. 保育業務のICT化で事務業務での残業時間を大幅に削減
  2. シフトの工夫で休暇を取得しやすい職場へ
  3. 契約社員になってもキャリアを途絶えさせない風土を醸成

「業務はアナログ」「結婚したら退職」が当たり前だった

働き方改革に着手する前の御園はどのような職場だったのでしょうか?

松山:私が、家業でもある保育業界に来たのは、2009年のことです。当時はほとんどの事務業務が手作業で行われていました。連絡帳の記入、日々の登降園記録、延長保育料の計算、イベント毎の写真販売作業……。保護者からの集金も現金でやりとりしていたので、集計のために多大な労力を要していました。

そもそもパソコンの台数も少なく、社内のネットワークもつながっていなかったのです。パソコンを全く使えない職員も多数いました。それまで私は、不動産業界で働いていたのですが、一般企業では、デジタル化とも呼べないほどのことですら、依然アナログのままであることに驚きを隠せませんでした。

また、休みも取りづらく、特に子育てをしながら働くには厳しい環境だったと思います。「結婚したら退職」という、ある意味、前時代的な風潮が当たり前のように残っていました。

当時のグループ内の様子は?

松山:そういった状況は、当園に限ったことではなく、保育業界全体の「常識」でもあったので、職員たちも疑問に思っていなかったのだと思います。「変わらなければ」という危機意識はありませんでした。

幸い園の保育内容は非常に評判が高かったので、離職者が出ても入社希望の方は絶えませんでしたし、入園希望の園児も大勢いました。そういった点も、経営陣やベテラン職員を中心に「今のやり方で何も困っていないのだから、組織を変える必要はない」という声や意識につながっていたのだと思います。

しかし、私が園に来てしばらく経った頃、退職した職員から「子どもはまつやま保育園に預けたいけれど、自分が働くなら別の園がいい」という言葉を耳にしたのです。それはもうショックでしたね。ちょうどその頃から若手職員を中心に、働き方に対する不安や疑問の声も上がってくるようになり、2011年頃から本格的に働き方改革に取り組みました。

「誰のため?」を合言葉にしたICT化で残業大幅削減へ

まずは業務面について、どのように改善していったのでしょうか?

松山:社内のICT化に着手しました。パソコンの台数を増やすと同時にクラウド環境を整備。拠点間における情報共有の円滑化と事務作業の効率化を図りました。登降園管理システムも登場し始めた頃だったので、迷わず導入しましたね。

さらに2014年頃、大手企業の営業担当者から「連絡帳アプリサービスを作ろう思っているのですが、興味はありませんか?」というお電話をいただきました。大変ラッキーな提案であり、喜んでアプリ開発のお手伝いをすることに。この時のご縁から、後には保育業界向けキャッシュレスサービスの開発もお手伝いするなど、 先手先手を打って、業界の中でいち早く各種システムを導入してきました。

現在は、職員が1人1台スマホを持ち、保護者の協力を得ながら、アプリを活用した保育業務を行っています。

ICT化のほかにも業務改善のために取り組んだことはありますか?

松山:ICT化で業務効率化を図ると同時に、無駄な業務の引き算も進めました。 保育業界は「手作り」にこだわる傾向があります。例えば、季節ごとに変わる壁面装飾はその代表例です。手作りの装飾が無駄というわけでは決してありませんが、本当に「園児のため」かどうかと言えば疑問です。職員の自己満足で終わっていたり、「これまでやってきたから」と、何となく続けている場合も少なくありません。

保育のより本質的な業務に集中するためにも、「これって誰のため?」を合言葉に、業務を抜本的に見直しました。無理をしてまで手作りに拘らず、買って済むものは買い、不必要な業務を思い切って撤廃することで、業務を大幅に削減。まつやま保育園グループの園舎は、シンプルでスタイリッシュな建築デザインなのですが、これもあえて壁面装飾の似合わない建物にすることで、業務削減を目指した結果です。

まつやま大宮保育園の園舎は、2014年にグッドデザイン賞を受賞

業務改革を進めるなか、職員の方はどのような反応でしたか?

松山:最初は反発が大きかったです。なかでも「スマホで業務を行うことに馴染めない」という声は多かったですね。

というのも当園では、子どもに対してスマホなどのデジタルツールを与える育児を推奨していません。それにも関わらず、職員たちが保育でスマホを用いることに抵抗を感じていたようです。

確かに、連絡帳記入の業務にしても、アナログで「連絡帳に記入している姿」と、デジタル化して「スマホで入力している姿」では、見た目の印象は異なるでしょう。仕事中にスマホを触ることに対するネガティブな先入観がなかなか拭えず、理解を得るまでには時間がかかりました。

しかし結果として、保護者からは「先進的な取り組みをしている保育園」として評判は上々です。

業務時間はどれほど削減できたのでしょうか?

松山:ICT化をはじめとする業務改革により、事務業務における残業時間は大幅に削減できました。これまでは20時頃まで残業することが常態化していましたが、今ではそれぞれの定時でほとんどの職員が帰宅しています。

土曜出社を4人→2人に減らし、休暇を取得しやすく

保育士の働き方について、何か取り組んだことはありますか?

松山:まつやま保育園は土曜日も開園しているため、土曜日に出勤してもらう職員が必要です。その際のシフトの組み方を工夫しました。

保育園の開園時間は7時〜19時半(土曜日は18時半)。8時間勤務にするためには、早番(7時〜16時)と遅番(10時半〜19時半)に分かれて勤務してもらう必要があります。土曜日は平日ほど園児の人数は多くありませんが、それでも、最低2人は保育園に常駐していなければなりません。つまり、本来の業務に必要な人手に関わらず、常に遅番と早番で最低4人の職員が土曜日出勤のシフトに入る必要がありました。

しかし、職員も土曜日は休みたいものです。また、土曜日に出勤した職員は翌週に代休を取ることになるのですが、その分、本当に必要な平日シフトの人手が手薄になってしまう。その結果、平日に有給休暇を取得したい場合に休みを取りづらい、という悪循環が発生していました。

この解決策として、土曜日出勤の際はあえて残業をするのはどうか、と提案することにしたんです。

どういうことでしょうか?

松山:早番と遅番に分けると4人の職員が必要ですが、早番担当者が16時~18時半の2.5時間分を残業することで、土曜出勤の人は2人で済みますよね。もちろん、その分の残業手当はしっかり支給されます。

そこで職員に対し、「残業なしの8時間勤務で4人が出勤する」か「土曜日勤務の場合は残業をして2人が出勤する体制に変える」のどちらがよいかアンケートを取ったところ、圧倒的に後者が支持されました。土曜日に出勤する人が減ると、平日に代休を取る人数も減りますし、職員としても土曜日出勤のシフトに当たる回数が減ります。あえて残業を選択することが、職員の働きやすさにつながったのです。

当園ではシフトを年間単位で出しているため、あらかじめ出勤日や残業が発生する日が把握できます。突発的な残業ではないため、計画が立てやすく、ストレスになりづらい点もポイントです。

雇用形態が変わっても、保育士のキャリアを途絶えさせない

「結婚したら退職」という風潮があったというお話もされていました。現在、子育てをしている職員の方はいらっしゃるのでしょうか?

松山:子育てをしながら働いている職員は多数います。なかには、まつやま保育園グループに子どもを預けながら自身も保育士として働いている方も少なくありません。

先ほどご紹介した、早番・遅番・土曜日出勤は正職員の働き方です。子育てや介護などで正職員の勤務時間に働くことが難しい場合は、「契約職員」として働く選択肢があります。

契約職員の場合は、勤務時間帯などの勤務パターンを複数用意して柔軟に働けるようにしつつ、残業や土曜出勤はありません。その分、賞与は正職員より少なく設定しているものの、同一労働同一賃金になる仕組みを整え、納得感や公平性を確保しています。

業務内容やキャリアにおいて、正職員と契約職員の間に違いはありますか?

松山:あくまで本人が希望する働き方によって雇用形態が異なるだけなので、それ以外、正職員と契約職員の間には何も区別するものはありません。契約職員の下に正職員の部下がついていることも当園では普通の光景です。

ライフステージの変化から正職員で働いていた職員が契約職員になることもありますが、正職員ではクラスリーダーを持っていたのに、働き方が変わっただけで役職から外されてしまっては、当然モチベーションが失われてしまいます。そのため、働き方が変わってもキャリアを手放さずに長く働ける制度と風土を醸成しました。

先日、シングルマザーの職員から、「シングルマザーにとって働きやすい会社にしてくれて、本当にありがとうございます!来年は正職員に挑戦します!」と言っていただきました。大変嬉しいことです。

専門性を高めるキャリアパス制度で働きがいを創出

保育士のキャリア支援にも力を入れているとお聞きしました。

松山:キャリアパス制度として、職員のキャリアステージを6つに分け、それぞれ詳細な達成目標を設置しています。その指標を基に、年に3回、自己評価、上司評価および1on1面談を行います。

入職後は、全員ステージ1からスタートです。年次が上がるにつれてステージが上がるわけではなく、各ステージの指標とされている役割や目標をすべてクリアできて初めてステージアップします。そのため、たとえ同期でも、ステージアップのタイミングは異なります。

キャリアアップのタイミングが異なることで、不公平感は生まれないのでしょうか?

松山:保育の仕事は数字で評価しづらい側面もあるため、上司によって評価が変わりやすいものだと思います。しかし当園では、第三者から見ても分かる指標に基づいて評価をしているので、その心配はありません。

もし「なぜ同期のあの子だけクラスリーダーになっているのですか」と聞かれたとしても、「彼女は誰から見ても、このステージの全目標をクリアしているので、クラスリーダーになっています」と明確に説明できます。

また、1on1の機会には「現在の課題は何か、次のステージに進むために次は何を頑張ればよいか」もそれぞれお話ししています。職員本人に、自分にできていること、できていないことを認識してもらい、評価を前向きに受け入れてもらっています。

ちなみに、御園の保育士はどのようなキャリアを歩んでいるのでしょうか?

松山:保育士の場合、「役職を持ちたい」という人はあまり多くありません。やはり「いつまでも現場で保育を続けたい」という方が大半です。

しかし、ずっと一保育士でいるだけでは、つまらないもの。そこで、役職だけでなく、自分の専門性を高められるキャリアパスを用意しています。例えば、「障害児保育の専門」「食育の専門家」などのポジションを用意し、専門性を極めていくことで評価され、手当が出る仕組みにしています。自分の専門ポジションがあることは、仕事のやりがいにもつながっているはずです。

職員の「こうしてほしい」を叶えるごとに保育の質が高まった

働き方改革によって、離職率や採用にはどのような効果がありましたか?

松山:例えば、定期的に1on1を行ったことで従業員の近況を把握できるようになり、離職の兆候をキャッチしやすくなりました。パートナーの転勤など、家庭の都合で離職の予定がある場合も、事前に把握できるため採用計画が立てやすくなります。

また、職員が働き方に満足できるようになったことで、保育士さん同士の口コミが広がり、リファラル採用が増え、採用活動にはコストをほとんどかけずに必要な人材が確保できています。

保育園には、法律で定められた園児の人数に対しての保育士の配置数の基準があるのですが、現在、当園では、国の基準に対して1.7倍の保育士が在籍しています。その分、余裕を持った人員配置が行えています。

ただ、誤解しないでいただきたいのですが、働き方を改善するために、やみくもに保育士を増やせばいいというわけではありません。保育士が多すぎることで、手持ち無沙汰になり、生産性が低下する場合もあります。

あくまでも、当園にとって理想の働き方を実現するためにベストな人数として、現在の人員数を確保しています。

人員が増える分人件費も上がると思いますが、その点の懸念はありませんでしたか?

松山:保育士の雇用を増やすにあたっては、自治体の加算や補助金制度も上手く活用しています。そのため、人件費が上がることによる経営上のリスクは今のところありません。

こうお答えすると「じゃあ、補助金制度などがあるのにも関わらず、保育士不足に悩む園が多いのはなぜ?」という疑問が出るかもしれません。

これには大きく2つの背景があり、まず地域によって補助金制度は異なるため、必ずしも十分な補助や支援が受けられるとは限らないこと。2つめが、補助金の活用などでコスト面の課題が解消できても、いざ保育園自体が、保育士が「ここで働きたい」と思えるような働き方を整え、PRをする力を持たなければ、人材は集まらず最終的な採用は上手くいかないということです。

御園における働き方改革成功のポイントは?

松山:当園が行ったことは至ってシンプルで、職員からの「こうしてほしい」をすべて叶えただけです。

これまでお話ししたことのほか、1時間単位の有給休暇や、副業・兼業の解禁にも取り組みました。ヘアスタイルもインナーカラーをOKにしているので、自分のおしゃれを楽しみながら働けます。時間はかかりましたが、職員の声を一つ一つ着実に実現していきました。

保育業界では「子ども第一主義」が当たり前であり、そのために保育士を犠牲にする働き方になってしまいがちです。しかし、それでは保育士の不満は募り、本来子どもの話をすべき職員会議の場でも、働き方に関する不平不満の話題で終わってしまうことが珍しくありません。

もともと保育に従事する者は皆、「子どもたちによりよい保育を提供したい」という高い志を持っています。保育士自身の労働環境を整えることで、自分の仕事に集中できるようになります。働き方改革を行ってから、保育の質も目に見えて変わりましたね。

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「こうしてほしい」を言いやすい職場にするための工夫はありますか?

松山:経営陣が偉そうにしないことですかね(笑)。私は、草むしりや掃除も率先して行いますし、常に職員と近い存在でありたいと思っています。

たまたま「園長」「部長」などの役割を持っているだけで、私自身が偉いわけではありません。職員と経営陣との距離が近づくことで、困ったときに相談しやすい職場になるはずです。職員とフラットな関係を築くことを心掛けています。

これからの保育業界の展望を教えてください。

松山:少子化が加速し、保育業界が先細りするのは目に見えています。だからこそ、持続可能な組織づくりに取り組まなければなりません。

私は働き方改革をするにあたり、“終身雇用”ができる職場を目指しました。“終身雇用”というと、時代錯誤な言葉ですが、結婚、出産、育児、介護など、ライフステージが変化しても働き続けられる組織にしたかったのです。新卒で入職した職員の定年退職を祝うのが、私の夢です。

同時に、保育だけでなく、卒園した小・中・高生や地域の方々とのつながりも大切にしたいですね。今後は不登校の子どもの居場所作りにも取り組むつもりです。事業の幅も広げながら、地域にとってなくてはならない存在になりたいと思っています。

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